引きこもり予防や入浴ケア、リハビリテーションなどデイサービスの利用にはさまざまなメリットがあります。
しかし、「私はそんなところには行かない」と頑なに通所拒否をする高齢者がいるのも事実です。
特に、軽度から中度の認知症を発症している人の場合、新しい場所への警戒心が強かったり、行く目的が理解できなかったりして通所拒否をすることも多いようです。
表情が乏しかったTさんのケース
88歳女性、Tさんもそのうちの1人でした。息子夫婦と同居していたTさんは、ボサボサの白髪を腰まで伸ばし、毎日ぼんやりと庭から道行く人を眺めています。
その表情から「普通ではない」と感じ、ケアマネジャー(以下、ケアマネ)に連絡、デイサービスの利用へとつなげたケースです。
早速、要介護認定を行った結果、Tさんは介護度3の認定を受けます。
息子さんやお嫁さん曰く、「入浴や散髪を嫌がって暴れるので1カ月以上放置している」とのこと。
なるほど…頑固な性格のTさんは、息子さんたちの言うことをまったく聞かないようです。
もちろんデイサービスへの通所も困難を極めました。バスで自宅に迎えに行くと「私は行かない」と大声で怒鳴るのです。
介護スタッフもあの手この手でお誘いしましたが、暴れてしまうため断念するという日が続きました。
時間はかかっても通所できるよう何度も家族やケアマネと話し合いを重ね、送迎バスへの乗車はハードルが高いとの判断に至ります。そこで、Tさんには「レストランで食事をしよう」と息子さんに誘ってもらい、息子さんの送迎でデイサービスに来てもらいました。
初めは、「帰る」と言い出して暴れたり、他の利用者と喧嘩をしたりのトラブル続きでした。
大事なのはTさんの不安な気持ちに寄り添うこと
スタッフ同士でケアの方向性を試行錯誤した結果、認知症のTさんにはいろいろなスタッフが関わるより、特定の顔見知りのスタッフを作る方が良いだろうと「Tさん専属のスタッフ」を配置することになります。
その際、ベテランの女性スタッフが良いか、それとも男性スタッフの方が良いのか最後まで悩みました。
そこで、昔Tさんが学校の先生をしていたことに注目し、現場で1番若い女性スタッフをTさんの担当にしました。
結果は大成功!自分の生徒に接するかのように、彼女に対しては時に優しく時に厳しい、それこそ先生のような態度になったのです。女性スタッフは、時間を見つけてはTさんと話をして心の距離を縮めました。
数カ月後、他のスタッフのことはほとんど認識していませんでしたが、女性スタッフの顔だけは覚えて笑顔を見せてくれるまでになりました。
その頃には、その女性スタッフが迎えに行けば送迎車にも乗れるようになり、デイサービスにスムーズに通所できるようになったのです。
そして、Tさんが通所に慣れたタイミングで他のスタッフも少しずつ介助に当たり、今度は女性スタッフの負担を軽減するようにしました。
場所に慣れ、特定のスタッフでなくてもコミュニケーションを図れるようになったTさんは、「デイサービスは嫌な場所ではない」と認識し、通所が楽しみになったようです。
息子さん曰く、「デイサービスに通うようになって本来の明るい性格に戻った」とのこと。
寄り添う介護でQOLの向上を目指そう
入浴や食事のケアは、訪問介護でも可能です。しかし、Tさんはデイサービスに通い、他人と触れ合うことによって驚くほど変化しました。
たとえば、腰まであった髪をバッサリ切ってきたり、口紅をつけてきたり。
庭でボンヤリしていた頃のTさんとは別人です。何歳になっても外に出ることや人の目を気にすることの大事さが身に染みたケースでした。